思うところ

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スペイン人の英語

マドリードは英語が通じない。
どれくらい通じないかって、日本で英語が通じないのと同じくらい通じない、
いや、それ以下かもしれない。
バルセロナでは薬局のオネエサンが英語を話せたが、マドリードでは病院でも英語はほぼ通じない。
とにかく一般的なマドリードっ子は英語がとてつもなくへたくそである。
この私が言うくらいだから相当なものである。

今、英語が苦手なスペイン人と一緒に英語を勉強しているが、イギリス人の先生は
いつも「オー、スパングリッシュ(スパニッシュイングリッシュ)!」と苦笑している。

スペイン語は、基本的にローマ字読みをすれば正しい発音となるので、発音は日本語に
かなり近い。
そのため、日本人と同様に、スペイン人にとっても、英語独特の発音はかなり難しいようだ。
例えば、「R」なんか、日本語の「らりるれろ」の発音とほぼ同じように発音してしまっている。
また、これは日本人には気持ちがわからないが「would」がどうしても発音できないらしい。
何度言っても、「would」が「good」になってしまっている。

ここにも英語に苦しんでいる外国人がいる・・・ 欧州人はみんな楽に英語が話せるん
じゃないかと少し前まで完全に勘違いしていた私は、彼らの苦しい現実を知って、
妙な仲間意識が湧いた。(と言ってもやはり日本人よりは楽だと思うが。)

ただ、スパングリッシュは本当に聞き取りにくいのでカンベンしてほしい(人のこと言えないけど)。
上記の発音の違いもそうだが、彼らはところどころスペイン語を混ぜて話す。

前置詞やbe動詞がスペイン語("de"とか"estar")になっていたり、
スペイン語と英語で発音が似ている単語なんかは思いっきりスペイン語になっている時がある。
極端な例では、 university(ユニバーシティ) は universidad (ウニベルシダッド)となる。

あと特徴的なのが、英単語の始めに「E(エ)」をつけることだ。
Study(スタディ) が Estudy(エスタディ)→スペイン語では Estudio(エストゥーディオ)、
Spain(スペイン) が Espain(エスペイン)→スペイン語では España(エスパーニャ)
になったりする。

これらがぐちゃぐちゃに混ざるので、何を言ってるのかさっぱりわからない時がある。
が、それでも気にせず喋り続けるのが語学習得では大事なので、まあいいか・・・。
でもスパングリッシュが移らないようにしないとなあ。


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テーマ:スペイン - ジャンル:海外情報

  1. 2009/05/13(水) 21:38:28|
  2. 語学(スペイン語など)
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ポーランド人・エミリー

あれから数日経ち ヴィトとポーランド人と3人でカフェに行くことになった。
ヴィトが、「皆でスペイン語を練習したい」と言ったからだ。

私は、ポーランド人もいるし面倒くさいので今日は直帰しようと思ってたら、
ヴィトが神のように慈悲深い笑顔で「一緒に行こう」と私に言った。
そう言われると断れない。それに私こそ練習しなければ上達しない。
仕方がないので一緒に行くことにした。

話題は主に、宗教や文化、家族についての考え方について などだった。
やはりここでもメインスピーカーはポーランド人。よく喋る。
ポーランドという国は約9割がカトリックで だいたい生まれてすぐに洗礼を受け
カトリックとなるらしいが そもそも自分の意思で洗礼されたわけでは
ないので 大人になってからの信仰心はそれほど深くない人も多いらしく
信仰とは一種の伝統だと言っていた。
つまり彼女にとって信仰心とは そんなに高尚で絶対的な感情ではなく、
日常の中で ほぼ無意識的に、そこに存在していると言いたかったのだと思う。

私は無宗教なので 信仰心が如何なるものなのか実感としてわからないが
上記ポーランド人のセリフは 現実的な話として納得できるものがあった。
ただ、私は単純にカトリックと言えばプロテスタントより規律が厳しく敬虔だ
というイメージを持っていたので少々意外だった。
スペインもポーランドと同じく約9割がカトリックだが、同じような感覚を持っているのだろうか。

何故上記の話を私が理解できたかというと、今回は意外にもポーランド人が非常に
友好的で、私にわかるよう丁寧に英語で説明してくれたからだった。
(流石に「洗礼」とか英語でもわからなかったのでそれは辞書で調べた)
それはもう、手のひら返したような親切さだった。
もしかしたら前回は前回で、周りの人に自分をアピールするので精一杯だったのかもしれない。
それに人の親切というのは、気分次第という事もあるだろう。
私も、同じ事象だとしても 気分により 他人に非常に親切な時と、知らぬふりを
して放置する場合があるような気がする。(勿論内容にも依るが)
たぶん人間そんなもんだろう。

この時から、私は彼女を「ポーランド人」ではなく彼女の名前である「エミリー」として
認識するようになった。

因みに私が彼女を「ポーランド人」と言っていたのは、ポーランド人を一つに括って
「ポーランド人というのは不親切である」とか言うためではなく、
彼女が私にとって 固有名詞で呼ぶにも値しないほどの存在だったからだ。
だって印象悪かったし。
・・・ちょっと言い訳がましいが、そんな気持ちだった。まあどちらにせよ深い意味はない。

その他、日本人の特性などいろいろな事につき一通り話し終わると、
ヴィトが、「国によりいろんな文化や考え方があるよね。でも、最後は人それぞれ。
一概に決め付けることなんてできない」
と、キレイに纏め、その日は解散した。


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  1. 2009/01/09(金) 09:33:45|
  2. 語学(スペイン語など)
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コミュニケーションに苦しむ

学校を終え地下鉄に乗ろうとすると、後ろから声を掛けられた。
振り向くと、クラスメイトのイタリア人が立っていた。
彼の名前はヴィトで、33歳、銀行でリース取引を担当していたが、
彼女がスペインに転勤になったため、仕事を辞めて彼女に付いてスペインにやって来た人だった。
尚 彼は英語が全く話せないため 最も交流が浅いクラスメイトだった。

彼はたどたどしいスペイン語で私に話しかけたが、
まだ授業が始まってまだ2、3日しか経っておらず 私は彼が何を言っているのか
全くと言っていいほど理解できなかった。
辛うじて、「飲む」「コーヒー」という単語がわかった。どうやら、彼は私をカフェに誘って
くれているようだった。

イタリアの男性は、一人でいる女性を見ると声を掛けないと失礼だと考えると
どこかで聞いたことがあるが、彼もそのような礼儀の一環で私をカフェに誘ったのだろうか。
それにしても、全く会話が成立しないというのに カフェに誘うとは「こいつ正気か」と驚いた。
これはイタリア人風の建前でのお誘いなのか、それとも本気で誘っているのかどちらかわからず
狼狽気味の私であったが、どうやら建前でなく本気で誘ってくれているようだったし、
断るわけにもいかないので頷いた。

カフェでの会話が如何に要領を得ないものであったかは言うまでもない。

そんな中で 彼はロシア文学やフランス文学を愛していること、
彼にとってミラノは忌むべきカオスな街であること、
仕事は生きるためのツールに過ぎないと考えているということがわかった。
もっと言葉が話せたなら、なかなかおもしろい会話ができそうな人だった。

人と人が深く理解し合うには、通常、言葉抜きにはほぼ不可能だと思う。
ある程度の人間性は態度や単純な言葉で通じるものの、それはその人の心の
一定の深さ(しかも表層的なところ)まで触れたに過ぎない、と思うので
自分の言葉の問題から、ヴィトの個性にこれ以上踏み込めないのがとても残念でならなかった。

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  1. 2009/01/06(火) 03:52:14|
  2. 語学(スペイン語など)
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疎外感

ビザの関係上、スペインでは働くことができないため
取り敢えずスペイン語学校に行くことにした。

当然ながら私はスペイン語が全く話せない。
そもそも自分の人生とスペインという国が接触するなど予想だにしなかった。
そんなわけで 1~10の数字を何と読むかもわからない状態で学校の門を叩いた。

先生は非常に丁寧で優しかったため 授業については文句はなかったが
クラスメイトは私を除き全員ヨーロピアンで 非常に習得が早い。
特にスペイン語と同じくラテン語が基となっているロマンス語圏(イタリア、フランスなど)の
人々は授業1週目にして普通に文章を喋っていた。
英語圏の人は、似通っている単語が多いせいか、ロマンス語圏の人々の次に習得が早い。
無論日本語とスペイン語は"Far away"だ。
私は授業1週目にして劣等性に位置付けられた気がした。

授業後、クラスメイトとお茶へ行く運びとなった。
私以外は皆、英語が母国語か、母国語と同じ程度に話せる人々。
お茶の時間は英語でのトークとなり、私は話は理解できるものの、なかなか口を挟めなかった。
やっと話しても、微妙なニュアンスを英語で表現するのは難しかった。
自由に話ができないというのは本当にもどかしい。
しかも、メインスピーカーであったポーランド人は、半ば私を無視した状態で話をしている。
具体的に言うと、私の目を全く見ない。
私が英語が下手だからだろうか。それともアジア人だからだろうか・・・。
小学生の頃に仲間はずれにされた時のような気分だった。
しかし全ては言葉が下手な私が悪いのだ。このようなことで怒るのであれば、
ヨーロッパになど来なければいいのだ。

と理屈では理解したが 私は人間なので その日からそのポーランド人を嫌いになった。

テーマ:雑記 - ジャンル:日記

  1. 2008/12/17(水) 01:25:34|
  2. 語学(スペイン語など)
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